「ぜんぜん、違うじゃーん!」
あるお題が出されて、それを順々に伝えていき、最後の人の答えと照らし合わせる。
そう。伝言ゲームは、いつだって「最初のお題」と「最後の答え」が食い違う。
伝言ゲームは、定番
真剣にやっても食い違うし、途中でふざけてしまう人がいることもある。
遠足や林間学校の、バスの中でのレクリエーションで、伝言ゲームは定番である。
あなたも学生時代に、伝言ゲームをしたことがあるのではないだろうか。
または、お子さんから話を聞いたことがあるかもしれない。
なんで、今も昔も、伝言ゲームは定番なのか?
なぜ、定番なのか?
それは、おもしろいからだ。
お題が、「黄色くて、首の長い動物は、キリン」だったとする。
普通のクイズだったら、何の面白みもないが、伝言ゲームになった途端に様変わりする。
想像してみてほしい。最後の人が、自信満々に「春巻き!」とか答えている様子を。
しかもそれを答えたのが、クラスでもクールとか言われているキャラの子だったら…
ゲームなら、笑っていられるけど…
それはそれは、おもしろさも倍増なわけである。
伝言ゲームが、レクリエーションの定番であり続けるのも納得だろう。
ゲームとしては、ほほえましく笑っていられる、この伝言ゲーム。
だが、商売の話となると、ちょっと笑えなくなることもある。
こんな思い、したことない?
- ホームページ制作
- ランディングページ制作
- プロモーション動画制作
- …etc
ウェブ集客に取り組む際には、色々な部分で外注をすることがあるだろう。
その際に、こんな思いをしたことがないだろうか?
ぜんぜん、違う…
- 「全然、私のイメージを業者がわかってくれない…」
- 「私が注意してきた、”自社の見え方”が、一気に崩れてしまう…」
- …etc
最初に、話を聞いた。
「これなら、任せられそうかな」と思って、仕事をお願いした。
にも関わらず、上がってきた完成品は、全然当初のイメージと違う。
日常茶飯事
何回か、外注したことがあるなら、分かると思う。
こんなことは、「日常茶飯事」である。
外注長者であれば、はじめから織り込み済みで依頼をしているだろう。
あるいは、事前の確認や細かい調整を、あらかじめしているだろう。
なんで、こんなことが起こる?
- なぜ、「私のイメージ」をわかってくれないのだろうか?
- なぜ、”自社の見え方”を、崩されてしまうのだろうか?
それは、単純に「伝わっていないから」だ。
伝える時に、編集がかかる
- ホームページ制作
- ランディングページ制作
- プロモーション動画制作
- …etc
ほとんどの場合、制作に関わる人は、複数いる。
あなたの話を聞いてくれた人が、制作する人に伝えるとき。
このとき、すでに、その人の「編集」がかかっている。
つまり、伝言ゲームが、始まっているわけだ。
始まっている、伝言ゲーム
「キリン」が「春巻き」になることは、さすがに無いだろう。
だけど、「ライオン」くらいなら、十分にありえるわけである。
本当だったら、話を聞いてくれた人に、制作まで担当してもらいたい。
でも多くの場合、話を聞くことが上手な人は、制作できない場合が多い。
反対に、制作できる人は、話を聞くのが苦手な場合が多い。
どうすれば、いいのか?
でも、「私のイメージ」を叶えて欲しい…
なかなか相容れない願望を、抱いているわけだ。
じゃあ、どうすればいいのか?
その答えが、「自作」なわけだ。
自分で、作っちゃえばいい
自分の商売を、一番わかっているのは、自分である。
仮に、「近すぎて、見えていない」という意見があったとしよう。
それでも、一番「愛着」を持っているのは、間違いなく自分だろう。
だったら、自分で作っちゃえばいいのだ。
たいてい、自作できる
現代は、便利な時代になった。
スモールビジネス規模であれば、たいていのものを「自作」することできる。
それに、自作すれば業者に依存せずに、自分で自分の商売を管理できる。
自分の商売の手綱を、自分で握ることができる。
自分の商売の手綱は、自分で握ろう
検索エンジンで、「○○ 自作」などと検索すれば、いろいろな方法がヒットする。
「外注」よりも、「自作」することをおすすめする。
自分の商売の手綱は、自分で握ろう。
編集後記
自作すれば業者に依存せずに、自分で自分の商売を管理できる。
わざわざ自らの商売をブラックボックス化する必要など、無い。
自分の商売の手綱は、自分で握ろう。
(参考:なぜウェブ集客は自作なのか?業者に外注して失う3つの大切なもの)