商品を買ってくれるユーザーさえ集めることができれば、それでいい

「なんかい、切り返してんだよ〜(笑)」

車の運転免許を取ったばかりの人は、必ずと言っていいほど、このセリフを浴びせられる。

親や親戚、友人、要するに「運転の先輩」から、茶々を入れられるわけだ。

例にもれず、私もその洗礼を受けた。

「ちょっと、ボーリングでも行こうぜ」

「最近、免許取ったんだって?ちょっと、ボーリングでも行こうぜ」

免許取り立ての頃、夜遅くに友人が連絡をしてきた。

多くの人がそうだと思うが、免許取り立ての頃というのは、運転が楽しくてしょうがない。

何かと機会を見つけては、得意げになって、

  • 「俺が、送ろうか?」
  • 「途中で、拾ってあげようか?」
  • 「はいはい、それなら環七で行こう」

にわか仕込みのフレーズが、口をついて出てくるものだ。手前の車じゃなく、親や親戚の車を借りるくせに。

(きっとあなたにも、そんな時期があったのではないだろうか)

まったく、ほほえましい限りだ。当然、このときのボーリングの誘いも、二つ返事でOK。

さっそうと、夜のボーリング場へ向かった。

「なんかい、切り返してんだよ〜(笑)」

道中は、BGMを流して、鼻歌をうたいながら、良い気分で運転をしていた。

無事、ボーリング場に着いて、駐車をしようとしたところ。

友人の口から、その言葉が発せられた。

「なんかい、切り返してんだよ〜(笑)」

まだ免許も取り立てで、駐車には慣れていない。

ましてや、夜の薄暗い駐車場である。

なんかい、切り返したっていいじゃないか。

「俺なら、一発でいけるわ〜」

なるほど。先輩風を吹かせたいわけか。その気持ちは、分からなくもない。

ただ、だったら、他にかけられる言葉があるんじゃないのだろうか。

「うるせえよ〜(笑)」

顔はニコニコしながら、心の中では、ムスッとしていたことをよく覚えている。(人に優しくない人は、嫌いなのだ)

以来、私が弟や後輩の運転に付き合った時に、「ゆっくり駐車すればいいんだぞ〜」と声を掛けてあげるようになったことは言うまでもない。

切り返し無しで駐車できることに、何の価値もない

この一件以外にも、同じセリフを浴びせられる機会が、何度かあった。

  • 「なんかい、切り返してんだよ〜(笑)」
  • 「俺なら、一発でいけるわ〜」
  • 「なんかい、切り返してんだよ〜(笑)」
  • 「俺なら、一発でいけるわ〜」

どういうわけか、車の運転・駐車に、やたらとプライドを持っている人は多い。

当時は、そのたびに感情的になってしまったものだが、今なら堂々と胸を張って、こう言える。

「切り返し無しで駐車できることに、何の価値もない」

まあ別に、堂々と胸を張って言うようなことではないが、本当のことである。

切り返し無しで駐車できることに、何の価値もない。

  • 切り返しまくって、無事に駐車
  • 切り返し無しで、こすらせる

どちらに、価値があるか。どちらが、目的を果たしているか。

明々白々だろう。何度でも、繰り返したい。

切り返し無しで駐車できることに、何の価値もない。

駐車できても、目的地から遠ければ、価値は低い

もっと言おう。

駐車できても、目的地から遠ければ、価値は低い。

  • 駐車できても、目的地まで徒歩3時間
  • 駐車できて、かつ目的地まで徒歩1分

より価値があるのは、目的地に近い方である。

つまり、

  1. 無事に駐車できる
  2. 目的地の近くに停める

この2つに、価値がある。かつ、この2つこそ「駐車がうまい人」の条件である。

切り返しの回数が多いとか少ないとか、そんなこと自体には、何の価値もない。

切り返し無しだとしても、

  • 目的地から徒歩3時間の場所に、
  • 車体をこすりつけながら、
  • 「俺なら、一発〜〜」と、
  • ドヤ顔で駐車しても、

笑えるということ以外に、何の価値もない。

「無事に駐車できること」と「目的地の近くに停める」ことが、疑いようのない本質的な価値である。

それに比べれば、切り返し無しで駐車することなんて、ちっぽけで、些末な、他愛のない、小手先の、すこぶる、どうでもいいこと、である。

「本質的な価値ではなく、表面上の小手先のものに目を向けてしまう」

これは、なにも車の駐車に限った話ではない。

スモールビジネスの商売やネット集客でも、よく起こることだ。

アクセスやクリックがあっても、成約が無ければ意味がない

「切り返し無しで駐車する」という、それ自体に何の価値もないものが、ネット集客で何に当たるかというと、「アクセス数」や「クリック数」である。

アクセス数やクリック数は、それ自体に何の価値もない。

どれだけ、アクセス数やクリック数がたくさんあっても、成約がなければ意味がないのだ。

金持ちのヒマつぶしは別として、我々スモールビジネスは、成約を取るために、貴重な金や時間を費やして、

  • 広告を出稿する
  • ブログ記事を書く
  • ユーチューブ動画を撮る

この場合の成約は、

  • 資料請求
  • PDFダウンロード
  • 動画講座への参加

などとしよう。要するに、メールアドレスの登録ということである。

  • クリック数は少ないけど、成約あり
  • クリック数は多いけど、成約なし

どちらに、価値があるか。どちらが、目的を果たしているか。無論、成約のある方である。

どれだけ、アクセス数やクリック数がたくさんあっても、成約がなければ意味がない。

成約できても、売上に結びつかなければ、価値は低い

もっと言おう。

成約できても、売上に結びつかなければ、価値は低い。

  • 成約しても、商品は買ってくれない
  • 成約して、かつ商品を買ってくれる

より価値があるのは、商品を買ってくれる方である。

メールアドレスを登録してくれても、その後に商品を買ってくれなければ、価値は低い。

つまり、

  1. 成約がある
  2. 商品を買ってくれる

この2つに、価値がある。かつ、この2つこそ「ネット集客できる人」の条件である。

アクセス数やクリック数がたくさんあるとか、そんなこと自体には、何の価値もない。

  • 切り返し無しで駐車できること
  • アクセス数、クリック数がうんたらかんたら

というのは、だ〜いぶ、手前の話。かつ、本筋から外れている。

ということはご理解頂けただろうか?

じゃあさっそく、今日から「アクセス数」や「クリック数」を気にするのをやめよう。

目的地の近くに、無事に駐車さえできれば、いいのだから。

スモールビジネスの
現場からは以上です.

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